【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.27】綿引 勝彦『役を演じることは、自分を客観視し、見つめ直す行為』(掲載開始日:2008年9月11日)

綿引 勝彦(わたびき・かつひこ)
1945年11月23日生まれ。東京都出身。
66年に日本大学藝術学部を中退し、劇団民藝に入団。74年に女優の樫山文枝と結婚する。85年に民藝を退団し、自ら劇団綿帽子を設立して現在に至る。ヤクザや刑事などコワモテ役を演じるかたわら、TBS系の昼ドラ『天までとどけ』シリーズでの良き父親役、『ピカチュウげんきでちゅう』のCMでのコミカルな演技など、硬軟演じ分ける名優として活躍している。

野球少年だった僕にとって、初めての演劇体験は衝撃でした(綿引 勝彦)

昔から野球少年で、しかも日大鶴ヶ丘高校という野球の名門校に入学した僕にとって、10代は硬球を使っていかにいい球を投げるか、バットでいかに遠くに飛ばすかってことしか頭にありませんでしたよ。そんなある日、同じクラスの女子生徒から「お芝居のチケットがあるんだけど、観にいかない?」と誘われたんです。「冗談じゃない。お芝居なんかに興味ないよ」と即座に答えたんですが、3日たっても売れなかったらしく、何度も誘われまして。最後にはこっちも根負けして「仕方がない。オレが一緒に行くよ」ということになったんです。俳優座が初演した、ストリンドベリの『令嬢ジュリー』の翻訳劇でした。

当時の俳優座は、主演の栗原小巻さんをはじめ、仲代達矢さんなど、そうそうたる俳優が活躍していた時代で、そのお芝居には圧倒されました。いや、内容をすべて理解していたわけではなくて、それどころかストーリーもチンプンカンプンだったんです。ただ、俳優たちが目の前で熱演するその姿に衝撃を受けたんですね。世の中には、こんな世界があるんだ。テレビや映画と違う、こんな表現活動があるんだと、目を開かされたんです。

自分では覚えていないんですが、一緒にそのお芝居を観たその同級生の話によると、帰り道、僕は興奮して、お芝居の感想を駅まで熱心にしゃべり続けていたそうです。強烈な体験だったんでしょうね。

その後、深い考えもなしに日大藝術学部に進むわけですけど、在学中にやることがなくて劇団をやろうと思ったのは、このときの体験が大きかったと思うんです。

ちなみに俳優になったあと、僕は『鬼龍院花子の生涯』という映画で仲代達矢さんと共演するんですが、憧れの人と同じスクリーンに映ることができて、とてもいい思い出になりました。「僕が俳優になったのは、仲代さんのお芝居を観たのがきっかけなんです」とは、結局言いませんでしたけどね。

民藝の宇野先生のそばで過ごした1年は、とても貴重な体験でした(綿引 勝彦)

劇団民藝の門を叩いたのは、たまたま劇団員募集という誘い文句に惹かれたからなんですが、野球にたとえれば補欠で入れてもらったようなものなんです。実際、あとから聞いた話によれば、演技も何もできないようだけど、体が大きくて、大道具要員にも使えるだろうってことで入れてもらえたようですよ(笑)。

ただ、主宰の宇野重吉先生が当時は多忙を極めていた時期で、カバン持ち兼運転手をつけたほうがいいということで、運のいいことに僕が抜擢されることになりまして...。

先生は、新劇の世界でも目覚ましい仕事をするかたわら、テレビや映画の世界でもスターでしたから、控え室で出番待ちしている時間などに、僕が先生を相手に読み合わせをすることもありました。

読み合わせといっても、先生が台本の流れを知るためのものですから、女性アシスタントのセリフなんかは流し読みです。すると、ときどき先生が怒るんです。「お前、どういうつもりでそのセリフを読んだんだ」とか、「お前の声はダミ声で汚いなぁ」とかね。

最初は、なんで僕が怒られなきゃならないんだと思いましたけど、よくよく考えてみると、宇野先生から直々に芝居の稽古をつけてもらってるようなものですよ。これはチャンスだと思ってね。そこで、台本をしっかり頭に入れて、自分なりに芝居をつけて読んだりしたんですが、今度は「お前が芝居なんかしなくていいんだ。普通に読め」なんて、また怒られたりして(笑)。

結局、先生のそばには1年間いましたけど、いい経験でした。劇団にいても大道具の仕事ばかりで大きな役もつかず、普通なら途中で腐って辞めていたかもしれないですが、それでもやり続けてこれたのは、この1年間があったからこそだと思っています。

生かされている命、最後まで燃やし尽くしたい(綿引 勝彦)

僕は、ヤクザや刑事もやれば、善人の父親役、それからコミカルな役など、俳優としては硬軟善悪、幅広い役柄を演じましたけど、自分では決して器用なタイプだとは思ってないんです。

むしろ、「なんでこんなことができねぇんだろうなぁ」と落ち込んだり、「どうしてこんな役を引き受けちゃったんだろう」と後悔することの連続です。役を演じるということは、自分を客観視して見つめ直すという行為が必要ですから。そのたびにそういう自分と向き合うわけです。そう考えてみると、作品一つひとつが僕のターニングポイントだと言ってもいいかもしれません。その後、座長として自分の劇団を持ち、公演をするようになっても、必ず最後には反省点が残っていて、意気揚々と楽屋を出たなんてことは一度もないですね。

ただね、3年前、還暦をむかえる直前に胸部動脈りゅう破裂という大病を経験しまして。

舞台稽古が終わった直後に脂汗と動悸が止まらなくなり、ほうほうの体で家に帰ったんです。たまたまそのとき、女房が地方公演から帰ってきて在宅していて、僕の顔を見た途端に「あなた、病院に行きましょう!」と言ってくれたこと、それからその後、自分で車を運転して病院にむかったときに、いつも渋滞している道路がたまたますいていて早く到着することができたこと、心臓の名医と言われた先生がそのときたまたま病院にいて、すぐに診てもらえたこと、そんな多くの幸運が重なって一命をとりとめることができました。

あとから聞くと、女房は先生から「覚悟して下さい」と言われたそうです。

こういう経験をすると、人というのは生かされているんだなぁということを強く感じます。いただいた命ですから、自分で仕事を選り好みするなんて申し訳ない。誰であれ、望まれた仕事には100%の力を注がないといけないなと思っています。

綿引 勝彦さんへQ&A

Q:最近、ハマってることは?
A:最近、バナナダイエットにハマっているんです。成果が出ると嬉しいですよ。
Q:最近の悩みごとは?
A:病気後にタバコを止めたので、お酒の量が増えたことでしょうか。だからダイエットにもハマるんです(笑)。
Q:もし、俳優になっていなかったら?
A:野球部の監督になれたら最高ですね。今でも甲子園の中継を観るたび、うらやましく思います。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

最近のお芝居は昔と比べて、軽い気持ちで楽しめるものが増えているように思います。観るほうが疲れちゃうような重いお芝居も、それなりのよさがありますが、買い物の途中でフラッと劇場に立ち寄るなんて楽しみ方もいいと思いますね。それで、テレビや映画とは違った体験ができるんですから、もっと積極的に楽しんでほしいですね。

これから演劇をしようと思っている人へ

僕なんかが今の若い人にアドバイスするなんておこがましいことですが、やるからには一生懸命やるということに越したことはないと思うんです。中途半端にしかかかわってこなかった人には、それだけの経験しか返ってこない。食える食えないなんてことは考えずに、一生懸命に心血を注ぐこと。それが何より大事です。

綿引 勝彦さんの次回公演情報

「綾の鼓」「弱法師」の画像画像を拡大する
近代能楽集 「綾の鼓」「弱法師」

能の現代化に成功した三島由紀夫の傑作『近代能楽集』。今回、2008/2009シーズン開幕の演目として新国立劇場が企画したのは、五反田団前田司郎桃園会深津篤史という注目の若手演劇人を演出に招き、十朱幸代国広富之多岐川裕美綿引勝彦ら豪華キャストでそれを再現するということ。絢爛豪華な三島の世界が、平成の現代にどう蘇るか、乞うご期待!

東京公演
2008年9/25(木)~10/13(月・祝)
新国立劇場 小劇場
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取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)