とにかく、今でも本番前にちっちゃいゲロを吐いちゃうようなアガリ症で、性格的に役者に向いてるとは思えない。そんな僕が舞芸(舞台芸術学院。役所広司、渡辺えりらを輩出している専門学校)に入ったのは、「何者になればいいかわからなかった」からでした。役者を目指す人には面白いことを考える人がたくさんいるに違いない。そういう人たちに囲まれて日々を過ごしてみたら、自分の中で何かがはじまるんじゃないかって思ったんですよね。
そんな状態でしたから、演技とかではまわりの仲間にぜんぜんかなわない。それで、授業にも出ずにダラダラと日々を過ごしているうち、2年目に金杉(忠男)先生に出会うんです。ガムをクチャクチャ噛みながら「お前、何やりたいんだ」って聞かれて、「辞めようと思ってるんですよね」と答えた僕に、「お前みたいなヤツがいても面白いよ。続けてみれば」と言ってくれた先生は、やはり恩人、ということになるんでしょうね。卒業公演まで学校に居続けられたのは、確実に金杉先生がいたからだし、けっこう大きな役をもらったにもかかわらず、5回も無断で稽古を休んで役を降ろされても、最後までクビにならずに公演を終えることができたのは先生のおかげ。あとで聞いた話によると 、先生はずっと僕をかばってくれていたそうなんです。
そんな金杉先生も、お礼を言う前に亡くなってしまいました。が、今にして思うに、先生は僕の役者としての素質を 見抜いていたとかそういうのではなくて、単なる奇抜な思いつきみたいなもので、僕みたいなダメなヤツを教室に置いてくれていたんじゃないかと思います。先生は中村座をはじめ、前衛的な演劇を手がける演出家でしたからね。
そんな僕でしたから、舞芸を卒業する時期が近づいてきても、役者になるなんて意識はまったくありませんでした。 もちろん、どこかの劇団の公演を見にいくなんてことも、ほとんどなくて。
ところがある日、仲間のひとりに「お前みたいなヤツでも好きそうな劇団が公演やってるよ」と教えてもらって、観にいったんです。劇場が学校のすぐそばだったので、当日券を並んで買って。それが劇団ナイロン100℃の公演でし た。『NEXT MYSTERY』という公演で、観客の拍手によってストーリーが変ったりするような芝居で、僕みたいな者にもすんごく面白く感じられたんです。それで、折り込みチラシの中に「劇団員募集」と書いてあるのを見つけて、オーディション を受けてみようという気持ちになるわけです。
そのとき、そのオーディションに審査員として居合わせた先輩たちから小出しに聞く話によれば、それなりの出来事はあったようですが、僕にとっては生まれて初めて受けたオーディションでしたから、緊張のあまり何も覚えていないんです。
実はつい先日、8年ぶりのオーディションがあって、恐れ多いことに僕も審査員としてその場に参加させてもらったんですが、もしそこに14年前の僕が来たとしたら、迷わず不合格にしていたでしょうね。かすかな記憶をたどってみると、「自己アピールしてください」と言われて何もできなかった自分がそこにいたくらいですから。
劇団ナイロン100℃に入団してからの僕は、「ホントにダメな子」で、「早い段階でいなくなるだろう」と言われていたそうです。自分でもそのことはよくわかっていました。実際、学校でも演劇のことを真剣に勉強したわけでもない自分がプロの役者になるなんて、あり得ないことですからね。
でも、今思えばそれが逆によかったのかもしれません。というのも、当時のナイロン100℃では公演の中で、イチかバチかの一発ギャグをかますような場面がけっこうあったんですが、そういう場の怖さをちゃんと分かってなかった僕は、何も考えずに自由にやれたんです。そんな様子を面白がってもらえたのか、少しずつチャンスをもらえるようになっていったんですね。
ただ、今までいろんな人と一緒に仕事をしてきましたけど、どんな状況にいても、まわりから何を求められているかを的確に把握して、その期待に応えられる人って、この世界にたくさんいるんです。そういう人に会うたび、すごいなぁって感心するんですけど、もし役者にとって才能というものがあるとするなら、そういう能力のことをいうんだろうなぁって思うんですね。
で、僕にはそういう才能さえ、まったくないわけです。さすがに最近は、少しくらい空気を読むくらいのことはしますけ ど、そもそも怖いものしらずでここまできましたからね。だから、そんな僕がここまで役者を続けられるきっかけを作ってくれた金杉先生やナイロン100℃の先輩たちにはホントに感謝をしてますし、せめて感謝でもしておかなくては怒られるだろうなと思うんです。
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












