【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.21】加納 幸和『古典ならばと我慢していた部分を取り払うことでもっと面白いものができると確信したんです』(掲載開始日:2008年7月31日)

加納 幸和(かのう・ゆきかず)
1960年1月25日、兵庫県生まれ。
日本大学芸術学部演劇学科卒業後、1984年、加納幸和事務所を立ち上げる。その3年後「劇団 花組芝居」に改名し「ザ・隅田川」で旗揚げ公演を行う。歌舞伎をモチーフとした芝居は、難解な歌舞伎を分かりやすく見せる手法で「ネオかぶき」と呼ばれ各界で大きな話題となる。花組芝居の主宰であり、俳優、脚本、演出をこなしている。

子供心に歌舞伎役者になれないと知ってならば演出家として関わりたいと思った(加納 幸和)

歌舞伎と出会ったのは3歳頃。まだ、しゃべりだってままならない時期ですよ。曽祖父の弟が趣味道楽な人で、芝居や古典芸能が大好きだったから、色々と連れ回されていたんです。ただ、落ち着きのない年頃ながら、歌舞伎は黙って観ていたというから、面白かったんでしょうね。おぼろげながら、後ろの席で大きな声を出す人がいたり、舞台上で仕掛けが動いたりと、その空間で起こる色々なことがすごく不思議だなと思っていたのを覚えています。

そこから、7年後の10歳ときに今度は自分の意思で歌舞伎座に足を運んだんですが、この時には仕掛けをはじめ、それらしく見えるように人為的何かが加わっていることにすごく興味を持ったし、単純にどうなっているんだろうとも思った。

現代演劇は仕掛けがあったとしても、表に見えないようにするけれど、歌舞伎は「ここが仕掛けですよ」と、とても分かりやすくやる。それが自分にとってすごく愉快だった。誤魔化すわけではなく、あえて見せてしまう大胆なところが好きだったんですよ。その気持ちが、自分も歌舞伎の世界に入りたいと思うようになるのは自然な流れでしたね。

ただ、小学生の頭でも古典の世界というのは、子供の頃からその世界に身を置いてないとできないもんだという知識はあった。役者として関わることが無理ならば、演出家という仕事で入っていけるんじゃないかと思ったんですね。だから、小学生の頃の作文には「将来、歌舞伎の演出家になる」なんて書いてましたよ。まぁ、歌舞伎の演出家になることも難しいと気付くのはもう少し後なんですが...。

花組芝居を立ち上げたときは「冒涜だ」なんて言われましたね(加納 幸和)

日本大学芸術学部の演劇学科に入った時は、野田秀樹さんが注目されていた時期で、アングラ演劇が終焉を迎え、娯楽性の高い芝居が増えてきたりと、現代演劇の価値観がガラリと変わった頃だった。けれど、当時の大学の授業ではリアリズム演劇が中心で、卒業後は新劇の大きな劇団に入ることが正しい道筋になっていたんです。それに疑問を感じていたし、事実行き詰っていたので、自分たちの好きなことができる劇団を21歳の頃に立ち上げました。

これがまた、ある意味自由すぎる劇団でして...。歌が歌いたい子がいれば、黒蜥蜴がやりたい人もいて、僕は女形をやってみたいと、みんながやりたいことを脚本にして芝居を作っていたんです。それで、この劇団で歌舞伎をモチーフにした芝居を打ったら、結構話題になりまして。この方向性で舞台が作れたら面白いと考え、劇団を辞めて「加納幸和事務所」を立ち上げたんです。

当時はプロデュース集団という形をとっていたんですが、公演ごとに自分がどういうつもりで芝居を作っているのかを説明するのがしんどくなってきた。それに、自分の求めている古典というものは、長年積み重ねた価値観を取り入れているものであって、僕らも何かを積み重ねていかないと、追いついていかないと考えたんですよ。

そんな思いから「劇団花組芝居」が生まれました。ただ、歌舞伎という古典芸能を我流で面白おかしく舞台にしたことで最初は演劇関係者から批判的な意見も多く「冒涜だ」と言われたこともありましたよ。気がつけば、評論家たちの誌上論争がはじまっていて、あちこちの雑誌に書かれていた。まったく気にならなかったと言えば嘘になりますが、賛否両論がある方がいいじゃん、というスタンスではありましたね。賛にしても否にしても取り上げられたことで、名は知られたし観客数も増えてきた。そして固定ファンもしっかりついて、批判はプラスになったと今では思いますから。

つまらないところがあるからこそ面白さは引き立つものなんです(加納 幸和)

小学生で歌舞伎の世界に魅了され、将来は歌舞伎の世界で生きていくと決めた僕が、なぜ「歌舞伎」ではなく「歌舞伎をモチーフにした芝居」を作り始めたのか。そのきっかけは中学生まで遡ります。小学生で歌舞伎を観たときは、仕掛けや何やらで単純に面白かったけど、中学、高校生になって観ると多少、知恵をつけてますから、つまんないところも出てくる。「何、辛気臭いことやってんだ」とか色々と気になり始めた。

演じる方も見る方も古典ならばと、多少我慢せざるをおえない部分がありますが、それをとったり置き換えたりすれば、もっと見やすくなると考えたんですね。小難しいことを取っ払って、面白いところだけ集めれば、もっと面白いものができるはずと花組芝居を始めましたが、何年かやるうちに本当にこれでいいんだろうかと思ってきた。劇団を3年続けて気がついたのは、つまらないところがあるからこそ、面白いところが引き立つんだということ。ただ「面白いところばかり集めました」と小躍りしているのではなく、歌舞伎の世界にきちんと入り込んだ作品を作らなくては、続けていけないと分かったんですよ。

その結果が「ネオかぶき」と呼ばれ、一般的に浸透した作品を生むまでになった。ただ、認知度があがるにつれて取材も多くなり、撮影時に「歌舞伎なら女装してもらえますか」「見得をきってください」なんて言われて、「なんだそれ...」と思うことも増えてきましたね。僕達が歌舞伎をパロディにすることで、歌舞伎に対し、ある種の偏ったカラーを押し付けられるようになってしまい、次第にそれが窮屈になってきたんです。

そこから、歌舞伎を題材にしないものを書いたりとかなり間口を広げた。試行錯誤した時期もあったけど、劇団が20年を迎えた今、共通の演劇的価値観を持つ仲間たちとの信頼関係は、作品にいい意味で余裕が生まれているし、僕自身も安定している。ただ、安定とは留まることでないですよ。現に、僕にはこれからやりたいことが、山ほどありますからね。

加納 幸和さんへQ&A

Q:最近、面白かった本は?
A:市川團十郎さんが書いた「團十郎の歌舞伎案内」。彼の人柄も出ていて、すごく楽しい一冊でしたね。
Q:初めて感動したお芝居は?
A:忠臣蔵の半通し。先代の勘三郎さんが出ていたものです。究極のリアリズムを感じましたね。
Q:最近、ハマってることは?
A:焼酎と海藻。今年の健康診断の結果を受けて、体質改善のために、食生活を変えているので。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

なるべくまっさらな気持ちで見て欲しい。色々な情報が入ってくる時代だけど、あまり下調べをせずに劇場に来て下さい。舞台を見たときの「なんだこりゃ!」という衝撃を味わってほしい。この間、歌舞伎座で行われた「子供のための歌舞伎教室」を見学したんですが、そのときの子供達の反応が面白くて。素直に驚いたり、笑ったりと、本来芝居というものは、こういう気持ちが大切だなと実感したもので。

これから演劇をしようと思っている人へ

偏ったものの見方をしてほしくないですね。舞台芸術というものは、作品によって色々な価値観を持っている。特にお芝居なんてのは、ひとつの価値観に陥りやすいんですよ。この演出家さんの舞台に立ってみたいと、憧れや目標を持つことも決して悪いことではないですが、それだけじゃないんだ、ということを知ってほしい。そして、色々な方向があることを凝り固まらない若い時期に吸収することですね。

加納 幸和さんの次回公演情報

「怪談牡丹燈籠」の画像画像を拡大する
怪談牡丹燈籠

三遊亭円朝による、壮大にして入り組んだ仇討ち物語が、柔軟かつ遊びを取り入れた花組芝居流として生まれ変わる。長唄三味線の音楽にのって、長編ミステリーのようなストーリー展開は、他では決して観られない舞台になること間違いなしだ。

東京公演 神戸公演
2008年9月3日(水)~9月15日(月・祝) 2008年9月20日(土)、21日(日)
あうるスポット 新神戸オリエンタル劇場
札幌公演
2008年10月9日(木)~10月11日(土)
道新ホール
※札幌えんかん貸切公演
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取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)