- 紫吹 淳(しぶき・じゅん)
- 群馬県生まれ。
中学卒業後、1984年に宝塚音楽学校に入学。星組で初舞台を踏み、同年花組に配属となる。2001年、月組で男役トップスターを経て、2004年に惜しまれながら退団。その後、女優デビュー。今後は8月6日からミュージカル「シャウト!」、10月5日から「ボーイ・フロム・オズ」の再々演が控えている。
宝塚の舞台を一度も見ずに、宝塚音楽学校を受験したのは、数多くの生徒の中でも私ぐらいなのでは...と思うんですよね。一次試験がうっかり受かって、二次の面接で「好きな舞台は?」なんて聞かれたからマズイと思い、あわてて舞台を観にいったくらいですから。おまけに、その初舞台もときめきもなければ感動もない。「ふ~ん、これが宝塚か」って、ただそれだけ。じゃあ、なんで受験したかと言うと、人にすすめられたからという、あまりにも単純な動機からでした。
昔から足が弱くて3歩歩いたら転ぶような子供だったんですよ。それを心配した母親が3歳からバレエを習わせたので、中学一年生までは絶対にバレリーナになると思ってましたね。ところが、この年に踊った白雪姫が1つの転機に。当時身長が157.8cmだったんですが、それにトゥシューズを履くとプラス23cm。軽く170cmを越えてしまい、王子様より背が高くなってしまったんですよ。これが、かなりショックで。その後も順調に身長は伸びていき、白鳥の湖を踊っても私だけ大きな白鳥になってたりと、踊れば踊るほど落ち込むというか。そんな私に「アナタは宝塚がいいわね」と薦めてくれたのがバレエの先生でした。すごく尊敬していた先生だったので、この人が言うなら宝塚なるものに挑戦してみようと思ったんですよ。宝塚が何だかよく分からないままに(笑)。
ただ、踊ることは大好きだったので、踊れる場所であることは知ってましたね。でも、まさか歌ったり、演技したりするなんて微塵も考えてなかったんですよ。この知識の無さで後々苦労することになるんですが。
私が男役になったのも、この知識のなさが原因なんですよ。男役、女役なんて、学校のお偉いさんが決めてくれるもんだと勝手に思っていて、まさか自分の意思で決められるなんて思いもしなかった。
同期は、ほとんどファン時代を経て入学しているから、あんなスターになりたいとか目標があるわけですよ。だから大体、男役をやりたい子たちは髪が短いし、女役を目指すなら髪が長い。私はそのとき、たまたま髪が短かったんで男役希望とみなされて、そのままわけも分からず男役として育てられたんです。音楽学校2年、歌劇団に入って2年、トータル4年目の19歳のときに初めて「あれ、私って男役?」って気が付いた。演技にもまったく興味がないから、自分がどんな目的で何を演じているか分からなかったんですよ。
演技もピアノも日舞も嫌い。ただ、バレエの授業だけ必死にやっていた私の初めてのターニングポイントはこの19歳でした。
ニューヨークのラジオシティで海外公演を行ったとき、劇場の大きさに圧倒。ステップしてもステップしても追いつかないぐらいの舞台に驚くと共に楽しくて仕方がなかったですね。新人公演で主要メンバーの役をもらったのも大きかった。自分がいないとストーリーが分からなくなるような存在感のある役をもらったときに、お芝居って面白いんだなと思った。お芝居が楽しいってことがこの時まで分からなかったんですよ。
トップになるまでに3回、稽古中にケガをして休演してますが、24歳のときが一番辛かった。初めてダンスソロをもらったときにケガをしてしまい、踊りが好きで入った宝塚でやっとソロをもらったのにと、病院のベッドの上で悔しい思いをしたんです。だからこそ、演じられるときに、とことんやらないといけないとも思ったんですよ。
演技というものに対して、新境地を開いたのが30歳手前で出会った「誠の群像」。この中で勝海舟の役をいただいたんですが、本人の功績はもちろん、名だたる役者さんが演じてきた役に、かなりプレッシャーを感じ「これはできない...」とすごく葛藤が大きかった。西田敏行さんや田村正和さんが演じたDVDを観たりして、ますます自分がどんな勝海舟を演じればいいのかを見失ってしまい、初日前日まで悩んでましたね。「なに、小せぇこと気にしてやがんだい」という台詞を言いながら、今、小さいことを気にしている自分じゃ、この台詞はきちんと言えないなと思い答えを出した。それが、女性が演じるからこその色っぽさを加えた勝海舟だった。演じるとは、台詞に教えられることもあるんだと知った作品でしたね。
この舞台をきっかけに、よりリアリティのある実在の人物を演じることに惹かれるようになっていったんです。
宝塚はトップが頂点で、トップになった時点で辞めることを考えた。この場所から飛び出したとき、生きていけるのだろうかと。これまでの人生、バレエを始めたのも、宝塚に入ったのも、要は人の敷いてくれたレールにうまくのっかっていった感じがあるので不安も大きかった。でも、退団して1年後に「ボーイ・フロム・オズ」でライザ・ミネリの話がきた時は、勝海舟と同様プレッシャーもあったし、苦労もしたけど、それはあくまで前向きのプレッシャーであり、苦労だった。役に自分を近づけるのでなく、自分がその役になることが、今の私の演じ方であることが見えてきたんです。
女優としてはまだまだ新人。この考えが、今後どう変わっていくかは未知だからこそ、楽しみでもある。そんな気持ちで舞台に立っています。
取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












