- 真琴 つばさ(まこと・つばさ)
- 宝塚歌劇団出身。97年月組トップスターに就任。海外公演、東京宝塚劇場の柿落とし公演など、数多くの作品で話題になる。01年7月退団後は、ライブを中心にCDのリリース、X'masディナーショーも毎年開催。退団後の主な舞台としては「わが歌ブギウギ~笠置シヅ子物語」「SHOW店街組曲」など。現在NTV「おもいッきりイイ!!テレビ」月曜レギュラーゲスト出演中。
宝塚の舞台を初めて観た日に、宝塚に入ることが人生の目標になったんですよ。
目標を見付けたきっかけは小学生の頃、親友に連れられて宝塚を観に行ったんです。当時、宝塚が何なのかも知らないし、ベルサイユのばらがどんな物語かも知らない。でも、幼心に舞台にあがっている人たちの、ひとつひとつのパワーが、大きなパワーになって押し寄せてきたんです。この時に「ステキ!」って気持ちを通り越して、私も舞台にあがるって決意したんですよ。
宝塚って、お金持ちやお嬢様が入るイメージがあるかもしれないけど、私は生粋の苦労人。
両親に宝塚に入りたいと言ったら「ウチの家から芸人を出すわけにはいかない」と猛反対されたので、高校時代は一生懸命バイトをして、そのお金で歌のレッスンやジャズダンススクールに通っていました。
高校を卒業してから、念願の宝塚音楽学校の入学試験を受けたんですが、親を説得するというより、強行突破でしたね。一次試験受かったから、もういいでしょ!みたいな(笑)。そんな意気込みでしたから、厳しいと言われていた学校生活も、私にとっては、たいしたことなかった。ただ、掃除は厳しかったですね。学校が終わったら1分でも早く帰って寮で寝たいと思ってましたから。
そんな辛い日々を乗り越えて、卒業しラインダンスで初舞台を踏んだ後、周りは感動して泣いてるんですけど、私だけ目がギラギラで。一度舞台に出たら、楽しくてしょうがなかったんですよ。早くいろんな舞台に出たいと思ってましたね。組替えが発表されたときも、同期生が別れを惜しむ中、新しい組に入った自分を想像してワクワクしてた。
すごく舞台に出ることに飢えていたから、もっと出られる場所にいきたいと、前に前にいってたんですよ。
花組に配属されて、演者としてある程度熟してきた8年目、月組に組替えになりましたが、この時期は宝塚人生の中でも大変な時期だった。月組に配属されて、今まで評価されていたことが真逆になったんです。花組では身長が高い方だったので、その長所を生かした演じ方をしていた。けれど、月組だと身長が低い方になってしまい、良いとされていたことが、評価されなくなったんです。頭打ちにあうというか、かなり戸惑いましたよ。あぁ、人生ってうまくいかないな、と身を持って実感しましたね。
トップスターになるということは、私の人生の中で一番大きな目標でしたが、トップスターになる子って、大体、初舞台のときにファンの人や関係者から「あの子はキレイ」「あの子はスターになる」って声があがるんですよ。でも私は、まったくノーマークで。だから、トップになったときは、評論家から本にまで書かれましたよ。「僕は見る目がなかった」なんて。でも「こんなパターンもあるんだ」という1つの代表例、ある意味希望を作れて良かったなと。
けれど、トップスターになった当初は演技面でも精神面でも、まったく安定してなかったですね。一番きれいな衣装を着させてもらうけど、ちゃんとした土台があるわけじゃないから常に不安だった。喜び100倍、苦しさ100倍ってところですね。お客様の反応が自分に跳ね返ってくることの喜びは大きいけど、反面、悪いことがあればその責任も全部降りかかってくる。例えるならば、右から温かい風、左から冷たい風が出るドライヤーを両側から突きつけられている感じでした。
トップになってからは、自分の公演でリピーターを増やすためにどうすればいいか、面白くするために自分が何をすればいいかを真剣に模索するようになりましたね。
退団後、舞台に立つことは二度とないと思っていました。演劇はやりたくない、なぜなら自分にウソをつくことができなかったから。演劇はどこまで擬似の人間に自分が同化できるかというところですが、それができなかった。だから、退団して2年ぐらいは、コンサートを中心に活動していて舞台にはまったく立っていなかったんです。
でも、知り合いの演劇人に「この辺で舞台に立たないと、一生立てなくなるよ」と言われて考えた。この世界に入った以上、舞台を無視してはいけないし、自分が本当に演劇が好きか嫌いかを見つめなおしてもいいんじゃないかと。それで「ブラッド・ブラザーズ」という舞台で、ナレーターではありましたが、この世界に戻ってきたんです。
大きく変化したのは、それから2年後、「笠置シヅ子物語」の話がきたとき。もともと、フィクションより実在の人物に興味があったので、演じてみたい欲がムクムク湧き上がってきたんです。正直、40歳を過ぎて主演をやることに戸惑いはあったんですが、森光子さんが放浪記で主演したのが同じ年と聞いて「遅くないぞ」と思った。
ファンの方からは、真琴つばさ=クールで都会的というイメージがあったようですが、それが大阪のおばちゃん役ですから180°の転身。私にとっても「ちがいまんねん」なんて、宝塚では使う事のない言葉をしゃべるゼロからのスタートだから、あとはプラスしかないわけですよ。だからこそ、舞台がはじまり友達が観ている横でおばちゃんが「あの子、笠置シヅ子みたいやな」と言ってたというのを聞いてすごく嬉かった。舞台は体当たりでやる面白さがあるし、実在の人物に出会うことによって自分が変化していくような感覚があるなと気付いたんです。
今は、前みたいに演劇に対して「嫌だ」というのはなくなって、この心理が分からない、どうすればいい、という前向きな壁のぶつかり方になりましたね。
取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK) 衣装協力/センソユニコ












