- 篠井 英介(ささい・えいすけ)
- 1958年12月15日、石川県生まれ。
日本大学芸術学部演劇学科卒業後、1984年に男優だけのネオかぶき劇団「花組芝居」の旗揚げに参加。看板女優として人気を博す。2000年に退団し、女優だけでなく中性的な役や悪役など、個性ある俳優として舞台やドラマ、映画などで活躍。日本舞踊の宗家藤間流の名取でもある。
なぜ、僕が女方を選んだのか。なぜ、男が女を演じるのか。そう思っている方は多いと思います。
そもそも、歌舞伎をはじめ古来アジアの芸能では男性が女性を演じることが当たり前でした。映画が作られた初期は歌舞伎の女方が女性を演じていたぐらいですから、女が女を演じるようになって、まだ歴史が浅いんです。それがリアリズムの時代、つまり現代演劇になると「それはありえない」となってしまった。
でも、僕は昔から古典芸能が大好きだったので、男性が女性を演じることが当たり前だと思っていたし、根付いていたんです。
その中でも、女方に憧れたきっかけと言うならば、4、5歳の頃に見た、美空ひばりさんの時代劇の映画ですね。いわゆる娯楽劇なんですが、劇中劇で芝居小屋が出てきて、美空さんが歌ったり、踊ったり、立ち回りもするんです。それがとてもカッコよく「あぁ、僕もこういうのがやりたいなぁ」と子供心に思ったんですね。
それで、おませな子供でしたから踊りを習おうと、当時は日本舞踊なんて言わず「ちんとんしゃん」と言っていましたが、母親に「ちんとんしゃんやりたい」とお願いをしたんですよ。5つの時に入門して、発表会や何やらで舞台にあがっていましたが、この時に舞台へあがる喜びや、魅力に味をしめてしまったのかもしれません。
その味が忘れられず、中学、高校とも演劇部に入ったんですが、僕が当たり前だと思っていた、男性が女を演じるということがまったく受け入れられなかった。学校の先生による演劇部的な考えとして「それはおかしいこと」と植えつけられたんですね。ならば、女性の役をやるには歌舞伎役者になるしかないと思ったものの、歌舞伎の世界は世襲制ですから、自分は一生脇役で終わってしまう。それは辛いな、なんて色々な思いを交錯させながら、高校時代はミュージカルから新劇まで色々な演劇を見て回っていました。
将来の指針が定まらず一生懸命に演劇を観ていた頃、ある作品と出会います。それが杉村春子さん主演の「欲望という名の電車」でした。子供の頃、憧れていたのは日本舞踊やミュージカルという華やかな舞台。陰と陽で言えば太陽みたいなものに憧れていたのが、人間の暗い部分や内面の深さを描いたこの舞台を観て、陰の部分を強く感じ感銘を受けた。人間の暗部を描いて、なおかつ人に感動を与えることができるんだと知ったんです。
そして、杉村さんの演技にも惹かれるものがあった。当時彼女は、職業女優業としてはまだ二代目ぐらいにいた人でしたから、女を演じる際にお手本にするのは女方だったんです。
だから杉村さんの演技はかなり女方に寄っていて、当時「赤毛もの」と言っていたんですが、翻訳作品をやっても、どこか立ち振る舞いや台詞回しが日本の女方のニオイがする。僕はそういうものを敏感に感じ取ってしまい、「ステキだ、これだったら自分でもできると思う」と誰に太鼓判押されたわけでもないのに、勝手に思っちゃったんですよ。
この瞬間、歌舞伎は即刻諦めて女方として役者になると決心したんですね。そして、杉村さんが演じたブランチという役をやるのが僕の目標になってしまった。
仕事を選ぶうえで誰もが、自分が活かされること、一番発揮できる職業に就こうとする。ある人はお笑いにいき、ある人は新劇にいったり、小劇場へいく。それと同じで、僕は俳優という仕事をやりたい思ったときに女を演じることが、他の人よりステキにできるんじゃないか、勝てるんじゃないか、そして、僕自身が充実でき幸福感を得られるんじゃないかと思ったんです。ただ、それだけなんですよ。
僕が考える女方像は一貫していて、一緒にやるカンパニーの人たちに「なぜ女優があまたいるにも関わらず、この役を篠井がやるんだ」ということを納得してもらう女を演じること。例えば、35人いるカンパニーの中で、僕が女をやることに納得している人は何人いるだろう。顔合わせで3人だったのが、公演初日には15人になり、千秋楽には30人になり、千秋楽でもおかしいと思った人も、2年後3年後に「あの役は今思うと篠井くんで良かったね」と、最後には100%の人に思ってもらいたいんです。だから、かなり真剣なそして険しい気持ちで女方をやってますよ。
純粋に女役でオファーがくることってめったにないんです。自分で企画したり、この役をやりたいと手をあげ、声をあげないといけない。手をあげれば、協力者はたくさんいるので幸せなんですが、自分ではまだ納得いかないんですよ。当たり前のように女優と並列でいたいと思ってますから。唯一無二とかそんなことはまったく思ってないので。
今は演劇中毒の時期で、常に演劇のことばかり考えて自問自答していますね。50の声を聞く年齢になってきて、この先、女方として晩年をどう全うすればいいんだろうと。いつまで女役をやるべきなのか、あるときからやめてしまえばいいのか、いやいや、ババアの役でもしがみつくべきなんだ、とか色々と。
ただね、自惚れは持っていないと出来ない職業なんですよ、俳優というものは。小説や絵のように、自分から離れた物が形になるのではなく、己が商品だなんて最も破廉恥な芸術です。そりゃ、親も反対しますよ(笑)。
だけど、その恥ずかしいものをやり続けているという謙虚さと、芝居が人の命を救い、人生をも変える素晴らしいものであるという自惚れを持っていないといけないんです。謙虚さと気高さ、この両方を持たねばまずかろうと思ってやってるんですけどね。
取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












