- 長塚 圭史(ながつか・けいし)
- 1975年5月9日、東京都生まれ。
早稲田大学在学中の1996年にプロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成し、脚本・演出・俳優の3役を担う。2004 年の『はたらくおとこ』作・演出、『ピローマン』演出で第4回朝日舞台芸術賞と芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。俳優としても映画や舞台で活躍している。
学生時代、どんな子だったかですか?う~ん、そうですね、中学生ぐらいから俳優には興味を持っていて、高校では演劇という世界に身を置こうとある程度思っていたので、学校の行事があっても「他にやりたいことがあるんだけどな」とは思っていましたね。高校1年生の終わりぐらいからは、大学生の人たちと芝居を作ってましたから、学校のクラスメイトとはまったく別のところで活動している僕を見て「我が道をいく」みたいな風には思われていたかもしれない。まぁ、周りからどう思われていたかなんて、僕には判断できないですけど。
高校では演劇部に入ってはいたんですよ。ただ、その当時は部員が女の子ばかりで、馴染めないところもあった。
父(長塚京三)の影響で舞台は小さな頃から観ていましたが、この当時は小劇場系の劇団をよく観ていました。その中でも宮本勝行さん主宰の「TEAM僕らの調査局」は大好きで随分影響も受けましたね。どちらかというと男芝居で。
だから、演劇未経験の運動部のヤツや、単純に人として面白いヤツらと一生懸命、芝居を作り始めた。結局、演劇部の卒業公演ではなく、神楽坂の「ディープラッツ」という小屋で、初めて自分が書いた本で芝居を打ったんです。
これが、僕がいい役をやりたかったから作ったような芝居で、伊達(暁)が主役で、僕が準主役。この時、作・演出・役者と全部やったんですが、そうすると自分が出てないシーンも楽しいんですよ。自分の作ったことに、その場でお客さんから反応が返ってくるのが面白かった。この1本で芝居というものが俄然楽しくなりました。
大学在学中に「笑うバラ」という劇団を立ち上げるんですが、このときには役者よりも作・演出の方に集中することが多くなっていました。「笑うバラ」は1年半ぐらい活動したけど大変だったんですよ、劇団って。各々の志しの違いがあったり、同じメンツで同じ人間が書いた脚本でやっていると、小さく回している感じが出てしまって、どうも面白くない。色々な作品を作りたいと思ったからこそ、その時々で役に合った人と芝居を作っていけたらいいなと思ったんです。
だからその頃に始めた「阿佐ヶ谷スパイダース」はプロデュースユニットで、主要メンバー3人を軸に、あとは作品ごとにあらゆる役者と組んでいく。でも、当初は苦労しました。客演して頂いた先輩たちを駆け出しの自分が演出してるわけですから、彼らを巻き込みつつ、自分の世界をぶつけていく行為は想像以上に大変だった。
役者さんから「なんでこうするの?」と聞かれても上手く答えられなかったり。僕は芝居を誰に習ったわけでもなく、ここまで我流できていたから感覚的なものに頼っていることが多かった。だから「どうして」と聞かれても理路整然に答えることができないこともあったんです。そういう時は、話し合いを繰り返したり、時には「ここの演出どうしたらいいですか」と一緒にやってた松村武さんや小林顕作さんに聞いたり。この頃は周りに食らいついていく、という感じで芝居を作っていましたね。
けれど、こうやって色々な人と出会うことで自分も変わっていった。「笑うバラ」の頃は言ってみればお山の大将だったんです。もっと面白いものを作っている役者さんやスタッフさんと舞台を作ることで、今の自分の身の丈を知ったことも良かったと思いますよ。
2000年以降は、阿佐ヶ谷スパイダースの他にも、プロデュース公演の作・演出を手がけるようになるんですが、2003年に初めて外国戯曲の演出をしたんです。この作品が僕にとって大きな出会いだった。
「ウィー・トーマス」というアイルランドの島を舞台に解放軍過激派の若者達が殺しあうブラックコメディ。作家のマーティン・マクドナーの深い世界感には惹かれたんですが、当初はどこかで翻訳劇というものに対して反発しているところがあったんですよ。だから「俺らの小劇場スタイルでやっちゃおうよ」という思いのもとに演出をしたんです。確かに、それはそれで面白かったんだけど、この本のもっと深い部分は描けてなかったんじゃないかと、何かを取りこぼしているような気がしたんですね。
だから、3年後の再演では本に書かれたことをもっと明確に伝えようとしました。初演の時はアイルランドの紛争のことは日本のお客には身近でないので、ある1つの島の物語でいいじゃないかと解釈したんだけど、そうではなくアイルランドの紛争のことを自分の中に取り入れ、そこで何が起こっているかを全体に浸透させていった。そのうえで舞台を作っていくと、初演とはまったく違う情景が見えてきたんです。どっかの島じゃなくて舞台となったイニシュモア島という実在の場所へお客さんをいざなっていけるんじゃないかと。
「脚本・演出・役者と、よく3役もこなせますね」なんて声をいただきますが、最近、自分の中でそれぞれの距離が離れてきたと感じるんです。脚本を書いている時は、ある種、独特な時間が流れていて、ここで生まれるものは僕自身にも計り知れない部分がある。それを一歩ひいた目で演出することで、色々な可能性を見出しているんです。その分、役者としてはひたすら作品に真摯に打ち込む。それぞれの距離感が、今、ちょうどいいですね。
取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK) ヘアメイク/大宝みゆき












