- 八嶋 智人(やしま・のりと)
- 1970年9月27日生まれ、奈良県出身。
中・高校生の同級生である村松武と共に1990年「劇団カムカムミニキーナ」を旗揚げ。以降、名脇役として劇団の看板役者となる。コミカルな動きや、滑らかなトークを武器に、「トリビアの泉」の司会を務めるなどバラエティやドラマでも活躍。舞台、ドラマ、映画で多彩な才能を発揮している。
小さい頃から人に笑ってもらったり、注目されたりすることが大好きだったんですよ。
それは、勉強が嫌いだったから別のことで目立てば怒られないという、幼いながらに考えた処世術のひとつでもあるんですが。まぁ、大人の顔色を伺うのが上手な器用な子供だったんで。いいタイミングで歌ったり踊ったりして褒められてました(笑)
役者になろうと思ったきっかけは、今思えば小学校4年生の頃、人が死ぬ夢を見たことですね。その夢で人は必ず死ぬんだ!と実感してすごく死ぬのが怖くなって。僕の肉体が無くなっても人の記憶に残る、そんな生き方をしたいと思ったんですよ。それから前へ立てるものはすべて立ちました。発表会、運動会、学園祭、常に前へ前へ、ですよ(笑)。
中学、高校は演劇の盛んな学校だったので、演出も役者もやりました。そこでやっぱり人の記憶に残るのは役者だ!と思い、東京へ出て役者になろうと決めたんですよ。それで、学生時代に中学・高校と同級生の松村武と一緒に劇団「カムカムミニキーナ」を立ち上げました。当時は劇団というよりも、どこにも出し切れないエネルギーを発散させる場を作った感じでしたね。
カムカムミニキーナは、爆発的に売れた記憶はひとつもないですが、旗揚げからゆるやかな右肩上がりで観客数を増やしてました。
時代もバブル期まっさかりで浮かれてましたし。で、僕は浮かれだすと、とことん浮かれる男ですから、色んな舞台を見に行っちゃあ、あの役者が面白くない、オレを出せばもっと面白くさせてやる、なんて息巻いてましたよ。
でも、20代後半に差し掛かったとき「オレって、たいしたことないんじゃ?」と急に怖くなったんです。これまでは演じることに対してエネルギーを発散させるだけだったのが、ふと見回してみると周りがよく見えるようになって、自分の小ささに気がついた。自分の持っている引き出しをすべて開けきっても追いつけない。そんなすごい役者さんはたくさんいるんですよ!
この時期は「オレなんて...」とガッカリ落ち込みましたね。エネルギーという一つのモチベーションが失速しはじめたとき、何をすればいいかと考えました。
結果、出た答えは、ひとつひとつ誠実にやっていくこと。当たり前のことですが壁にぶつかって、このことに気付いたからこそ、次のステップへ進めたし、今の自分に至ったんだと思いますね。
今は色々な仕事をやらせてもらっていますが、僕にとって大切な場所は、やはり劇団なんです。昔から一緒の仲間がいるからこそ容赦ないし、一番厳しい。浮かれていると役がなくなっちゃいますから!
2005年に「エドモンド」という芝居で初めて主役をやったことも役者として気付くことが多かった。この世界に入った当初は、主役なんてさぞかし気持ちのいいものだろうと思ってましたが、まったく逆。主役って物語を背負っているから受身なんですよ。脇役の台詞や動き、すべてを受けていかないと物語が進まない。要は腹のくくり方ひとつなんだと。頭で分かっていても体現することの難しさを思い知らされましたね。
「うまくやる」という器用さは小さい頃から自分のアイデンティティーだったけど、うまくやるってどうなんだろう?と思い始めたんです。思ってもみないところまで足を踏み込むことが器をでかくするんじゃないのかって。だから、器用さゆえに毎回上手にやりすぎても面白くない。固まったものを、一回サラにしてまたスタートする。作っていくことと壊すことを同時にするぐらい効率的じゃない方が、きっと面白いんですよ。
僕はゴッホみたいに死んで何十年後かに有名になりたいんじゃない。役者は作家が書いた1を100にしたりマイナス100にしたりするような生業だから、今、見ている人の前で形にするのが重要なんです。
- カムカムミニキーナ2008年本公演 ダルマ
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12年ぶりとなるカムカムミニキーナオールキャストの舞台。西遊記でおなじみの登場人物たちが織り成す破天荒な展開から目が離せない。カムカムならではのスケールの大きいド派手な世界観を体感できる!
東京公演 名古屋公演 2008年7月24日(水)~7月27日(日) 2008年8月1日(金) シアターアプル テレピアホール 奈良公演 大阪公演 2008年8月3日(日) 2008年8月5日(火)~8月7日(木) やまと郡山城ホール ワッハ上方ワッハホール
取材・文/中屋麻依子(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












