- 西川 浩幸(にしかわ・ひろゆき)
- 1964年7月4日、埼玉県生まれ。
早稲田大学入学後、演劇サークル「てあとろ50'」に参加。その後、同サークルのメンバーを中心に結成された「演劇集団キャラメルボックス」に1作目より参加(1作目は前説として、2作目以降は役者として)。以後、同劇団の看板役者として活躍する。「演劇ぶっく」でエッセイも連載中。
そもそも僕は、自分の意志で役者の道を選択したわけじゃないんです。むしろ"巡り合ってしまった"という表現の方がしっくりくるかな。
早稲田大学に入学して、何をしようか迷っていた時、同じく早稲田に進学していた高校時代の同級生から「演劇サークルの練習に参加しない?」と誘われまして。そのサークルが、のちに「演劇集団キャラメルボックス」を結成する成井(豊)や加藤(昌史)を輩出した「てあとろ50'」だったんです。
当時の僕は役者経験はもちろん、生の舞台を観たことさえない、まったくの素人でした。でも、いざ感情解放やエチュードの稽古をしてみたら、すごく性に合ったというか。きっと中高でサッカーをしていて体を動かすことが好きだったのと、子供の頃から目立ちたがり屋なところがあって、そんなことが芝居と結びついたんでしょうね。はじめて演劇に触れたその日、僕は演じることの虜になり、すぐに「入ります」と宣言してました。
当時の「てあとろ50'」は、作家も演出家もいない、先輩も数人だけという危機的な状況でした。そこに僕ら1年生12~13人が入部したわけです。当然即戦力として扱われ、4年だった加藤に徹底的に鍛えられましたね。その年の12月に控えていた公演に向けて、毎日気が狂うくらい稽古しましたよ。
そして、僕が初舞台を踏んだ記念すべき芝居が、成井の代表作「キャラメルばらーど」の再演だったんです。
成井の世界観をひと言で表すなら、僕は「肯定の世界」だと思っています。
人は誰もが「いい世の中、いい地球になればいいな」と希望を抱いていますよね。でも、現実にはいろいろな問題があり、解決法も分からない。そんなモヤモヤしたもどかしさの中で、成井の描く世界は"救い"だと僕は感じたんです。素直に「こういう世界が現実にあったらステキだな」と思えたし、役者として演じていて心底楽しかった。大げさじゃなく、生まれてはじめてやった芝居が「キャラメルばらーど」じゃなければ、役者としての今の僕は存在しなかったと思いますよ。
そんなこともあって、僕はどんどん演劇にハマっていき、大学に行っても稽古に明け暮れ、ほとんど授業には出ませんでした。その結果、4年次に留年が決定。大学に残ろうか、中退しようか......そんなことを考えていた矢先、当時結成3年目だったキャラメルボックスも過渡期を迎え、「社会人劇団からプロ劇団になろう」という機運が盛り上がっていたんです。結成当初から公演の手伝いをしたり、客演として舞台に立っていた僕も、その勢いに乗って「じゃあ、僕も大学を辞めて、役者として生きていこう!」と決意したんです。
不安、ですか?まったくなかったですね。若かったということもありますけど、あのときの僕にとって「キャラメルボックスを大きくしたい。成井の芝居をより多くの人に観てもらいたい」という思いが何よりも重要だったんです。
「キャラメルばらーど」の中にこんなセリフがあります。「明日のことを心配したって、仕方ないよ」って。明日のこと思い悩むより、"今の思い"を大事にしよう。そのほうが人生はきっとステキなものになる――そんな意味合いなんですけど、当時の僕も同じ気分でした。
あれから約20年。役者としての僕のキャリアは、まさにキャラメルボックスとともにありました。その過程は決して順風満帆というわけではなく、何度も壁にぶち当たってきましたね。
たとえば、成井からよく「舞台はエンターテイメントなんだ。お客さんに心を開いていくことが大切なんだ」と教えられました。でも、キャラメルボックスに入ったばかりの頃は、分かっちゃいるけどできなかった。
そんな僕の殻を破ってくれたのが、88年の第7回公演「スケッチブック・ボイジャー」です。少女マンガ家が主人公のこの作品で、僕は主人公の相手役であるマンガ編集者を演じました。
この作品以前の僕は、自分の演技のことしか考えない役者だったんです。独りよがりで、頭でっかちで、テクニックばかりの演技。だから当時、うちの劇団に参加していたある女優さんから「私、あなたのことが大嫌い」とさえ言われてしまったんですよ。
でも、「スケッチブックボイジャー」で演じたマンガ編集者は、本当にお客さんと向き合わないとできない役だったんです。役を自分のものにするため、僕は着込んでいた鎧を脱ぎ捨て、丸裸になってお客さんに飛び込んでいくことができたというか。舞台にいて、今まで感じたことのないような居心地のよさを感じたし、僕のことを大嫌いだと言った女優さんからも、この芝居のあと「大好き」と言われました。
作品との出会い、人との出会い、役との出会い...そのすべてがあって、今の自分があります。大学に入った時、自分が役者として食っていくなんて想像もしてなかった。同級生のひと言に誘われ、早稲田大学第二学生会館の「てあとろ50'」の扉をガチャと開けた瞬間、僕の演劇人生は0から100になったんですよ。
取材・文/谷山宏典(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












