- イッセー 尾形(いっせー・おがた)
- 1952年2月22日生まれ。演出家森田雄三と出会い、芝居をはじめる。一人芝居による「バーテンによる12の素描」を演じ、「都市生活カタログ」シリーズで現在のスタイルを確立。以後、映画やテレビドラマで役を演じたり、桃井かおりや小松政夫と二人芝居をしたり、海外公演に挑戦したり、さまざまな形で独自の活動を続けている。
芝居をはじめたきっかけですか?ひとことで言えば、「なすがまま」なのかな。
子供のころから「将来、いかに生きるべきか?」なんてことをまったく考えずに19歳になっちゃって、大学生になって考える時間を稼ごうと思ったら受験には失敗。今思い返してみると、当時はとてもエキサイティングな時代で、新左翼だ、内ゲバだ、三島由紀夫の割腹自殺だと、騒然とした話題が世の中を飛び交っていました。そうした時代の中で、今みたいにニートや引きこもりになるわけにもいかず、「何者かにならねばならない」と背中を押されて芝居の世界に入っていたんです。ビル掃除のバイト先で出会ったパントマイムをやってる女の子を見て、「体ひとつで何かを表現するっていいなぁ」と思ったのにも影響されてるかもしれないですね。
でも、プロの役者になろうなんて気持ちは少しもなくて、そもそもこれが食える職業だと最初から思ってなかった。19歳からあと何年生きるかわからないけど、その長く膨大な人生をいかに費やすか、その手段だったというべきかな。いわゆる暇つぶしのために芝居をはじめて、それが今に至るまでずっと続いてるんです。
だから、僕の中で転機と言えるようなことは、それほど起こっていないんですね。
強いて言えば、森田雄三という演出家と出会ったことが、唯一の転機と言えるかもしれません。森田は当時から「演劇を作るのは演出家でも脚本家でもない。役者がその肉体を通じて作るんだ」という哲学を持っていて、台本のない即興劇を中心に公演をしていました。ところが僕が参加して数年後、劇団員はひとり減り、ふたり減り、最後には解散ということになっていた。
よくあることだと思うんですけど、暇つぶしだ何だといっても生きていくためには食わなくちゃいけないわけで、理想が現実に負けてしまうというのかな。今になって思えば、理想の中に現実があり、現実の中に理想があったりして、本当はずいぶん入り組んだ形になっていたりするんだろうけど、若いころはそういうの、ぜんぜんわかりませんからね。
で、僕も当時、子供が生まれたばかりの時期でもあって、食うためにビルの建設現場で働き始めたんです。そこでばったり、森田と再会したんですね。
それで、月曜から土曜まで現場で働いて、日曜にふたりでヒザつき合わせて芝居を作るという日々が始まりました。演出家ひとり、役者ひとり。今の一人芝居の形が生まれたわけですね。
もちろん、僕のほうにはそれで食っていくという気持ちはあいかわらずなくて、そのまま建設現場の職人としてずっとやっていくんだろうと思ってました。芝居はそんな中、唯一の生きがいで、ますます暇つぶしの様相を呈していくわけです。
一人芝居というのは、お客さんの前に、いかに生きた人物を出現させるか、その格闘だと僕は思っています。実際、あらかじめ稽古場で作りあげた役が、その日のお客さんの状態でガラリと変わったりすることはよくあることで、気持ちが先走りして次に言う言葉に気をとられてしまったり、さっき言った言葉が気になって頭の中に残っていたりするとき、「いかんいかん」と舞台の上で反省するときもあります。だって、「生きている今」という生の状態をお客さんと同時体験しなきゃ一人芝居は成立しないわけですから。
最初のころはお客さんが5人しかいないということがあったりしたけど、そういうことはあまり関係のないことで、80人しか入らない劇場に200人のお客さんを集めた夜でも、僕がやることはまったく同じなんです。
ただ、93年に初めて海外公演をしたときは、僕にとって大きな挑戦でした。言葉の壁を考える以前に、僕の日本人という素材が、まったくの異文化で生きてきた人たちに理解できるのかという不安がありました。
だから、当時の劇評に「うすら笑いの仮面をかぶって、何を考えているかわからない日本人にも、豊かな心があるということがイッセー尾形の舞台を通じてわかった」と書いてもらったときは、本当にうれしかった。
それからドイツで公演したときには、こんなことがありました。舞台が暗転して、僕が次の衣装に着替えているとき、ひとりのおばさんがおしゃべりして客席から笑い声が起こったんです。一体、何を話していたんだろうと気になって、あとで現地の人に通訳してもらったら、「うちの亭主も今あんななのよ。何を色気づいたんだか、あんな風にポマードつけちゃってさ。枕がくさくてしょうがないわよ」だって(笑)。
こういう発見があるから、芝居はやめられないですね。
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












